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今月の特集記事

寿司

「素晴らしい山形」編集長おすすめ 旨い寿司屋8店と仲卸し

「素晴らしい山形」編集長おすすめ
旨い寿司屋8店と仲卸し

料理1

カテゴリ:寿司 | 情報更新日:2017/07/05

山形の塩釜に出会う[6月号]

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L1040126.JPGまぐろの握り
L1040131.JPGさよりの握り
L1040132.JPGイカの握り

私は、生まれも育ちも宮城県塩釜市である。
塩釜という所は、水産業が盛んで、鮪の水揚や、笹かまぼこ等と言った魚肉練り製品の生産は日本一である。
また、面積や人口の統計を考えると寿司屋店舗数も日本一多いと称されている。

前置きはさておき、「仙山交流」の先駆者、山形三吉氏に案内されて寒河江市辺りを車で走っていた際に
「永澤くんは塩釜出身だよね。隣町に良い寿司屋があるんだ。」
この一声に私の新たな出会いが待っていた。

その寿司屋とは河北町にある「寿司一ばん」である。

私が知っている河北町と言えば〝月山丸〟〝あら玉〟などで知られる和田酒造、〝肉そば〟の「一寸亭」などと言ったものであった。

車を停め、階段を上がり店に入ると、活気のある声で皆さんが快く出迎えてくれた。その心地よい活気に導かれ、私はお任せでの握り、三吉氏はあら玉(お酒)、サヨリの刺身。

注文を済ませ、ものが来るまでの間の会話で私の出身地の話になった。そうすると機敏に作業をしながら職人の方が、塩釜から仕入れている魚もあるんですよ、と言った。塩釜から仕入れているものがあってもおかしくはないと思うが、山形で初めて来た寿司屋で、私の故郷でもある塩釜と言うフレーズを耳にするのはやはり嬉しかった。

私がいただいた握りは、鮪、サヨリ、イカなど、私が欲していたものを言ったわけでもないのに出してくれた。まさに〝職人〟。握りはもちろん、そのサービスに感銘を受けた至福の瞬間。

三吉氏と出会わなければ、山形の河北町に出向かなければ、寿司屋に行かなければ出会えなかったひととき。

魚好きの私にとって、山形で初めての寿司屋に行った私にとって、深く記憶に残るまさに〝一ばん〟の出会いであった。

「仙山交流」を深く考えさせられる出会いであった。

 

永澤 辰也(ウェブ編集部)

 

カテゴリ:寿司 | 情報更新日:2013/06/01

「いろは寿司」で志田(泰久)君と飲む[5月号]

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志田(泰久)君と「いろは寿司」へ行ってきた。

志田君は昔、私が『ういずy』という山形のタウン情報誌を発行していた時、編集長をつとめてくれた人である。早稲田大学ゴルフ部の主将から日刊スポーツの敏腕記者となり、奥様の実家のある天童へ帰って山形新聞社に入社することが決まっていたのに、いつつぶれるかわからない、できたばかりのタウン誌へ押しかけてきて編集者となり、まもなく編集長となって同誌を日本一のタウン誌(NTTタウン誌大賞受賞)にまで育て上げた人である。

ある時、山形市薬師町の総合宴会「馬見ヶ崎」で一緒に飲んでいた早坂(茂三)さんに、「早稲田の後輩で、才能のある面白い男がいるんですよ」と話したら、「政治家になんかするなよ。国家議員なんていったってただの陣笠だ。クビチョウ(首長)は別だけどね。でも、それもやめた方がいい」

志田君に、政治家の道なんか奨めなくて良かった。彼はいま、福祉の仕事を通して、天童、いや山形にはなくてはならない人物となっている。

志田君はビール、私は温燗を頼み、山口専務は「出羽桜」の誠醸辛口に北海道のバフンウニとえぞぼら貝を奨めてくださった。ビールの志田君の方はわからないが、日本酒の私の方は見事な相性。さすが、山口専務。

志田君はヤリイカ、私はさばを追加注文し、赤貝を握ってもらって締めてきた。

 

山形 三吉(放送作家)

 

カテゴリ:寿司 | 情報更新日:2013/05/01

初めてなのに縁深く重なる「秀寿し」 [3月号]

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 小姓町の「秀寿し」へ行ってきた。初めてである。それなのに、なんとなく「秀寿し」という名に聴き覚えがあった。その理由はすぐに分かった。いまの店の前、十日町の「金長本店」の真向いに店を出していたという。「金長」のおやじはもちろん「山長」の先代・山川順平の話も出た。聴き覚えだけでなく、なんとなく懐かしい思いがしたのはそのせいだった。

「ご出身は?」
「やまのべ」
「えっ!? やまのべ……やまのべのどこ?」
「作谷沢」
「作谷沢……吉田正春、知ってますか?」
「知ってるどころか……近所です」

すぐに正春おやじに電話をかけた。
「なんだ、いまごろ。女房と仲良く飲んでたのに。ブツブツブツ……」
「いま、小姓町の「秀寿し」で飲んでる。雪が消えたら、一緒に飲もう。作谷沢の人はいいなあ」

 おすすめの「さくら鱒」をつついていたら、眼の前に美味しそうな「筋子」があるではないか。
「ヤマレイ……?」
と小さな声で呟いたら、
「もちろん、ヤマレイさんですよ。筋子はヤマレイに限りますからね。会長夫人の専務がまたいい人で……」
 と親方。嬉しくなって、風邪を惹いて運動不足のため腹の出っ張ったのも忘れ、
「筋子で飲みたい」  
ヤマレイの筋子を海苔でくるんで……酒がすすむ。途中から親方も付き合ってくれた。女将さんもかなりビールがいけるという。雪が消えたら、正春夫妻と親方ご夫妻と五人で飲もう、ということになった。  筋子巻きで締めて、帰ってきた。※あわてて筋子巻を食べ、途中で気づいて撮影したためにこのような写真になりました。

 

山形 三吉(放送作家)


秀寿し
山形市小姓町八―二九
電話/〇二三(六二三)九四五八
〈営業時間〉
午後5時~午後11時
〈定休日〉 日曜日

カテゴリ:寿司 | 情報更新日:2013/03/02

「滝山クラブ」真野会長と和可奈寿しへ[1月号]

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ソフトボール「滝山クラブ」の真野会長と、山形市西田の「和可奈寿し」へ行ってきた。真野会長とお会いするのは初めて。和可奈寿しへ伺うのも初めてである。

真野会長は東京の下町生まれ。愛知県出身のおじいさんから数えて三代目に当るから、〝江戸っ子〟である。戦争のため、おかあさんの実家のある寒河江市に疎開。そのまま山形に留まって、山形人として今日まで生きてこられたという。なんと私と同年の、六・三・三制新制中学の第一期生。話は弾んで、和可奈寿しの親方のすすめてくれる日本酒と真野会長のお話との〝ちゃんぽん〟のおかげで時間はあっという間に過ぎた。もったいないほど貴重なキラキラした時間だった。

真野会長、幼少年時代の東京下町のお話、ぜひまたお聞かせください。

和可奈寿しが、七日町の映画街近くにあったのを私は知っている。しかし、入ったことはなかった。

今回初めて、西田の住宅街にあるお店に入ってびっくりした。広い、のである。カウンターも座敷も。静かな住宅街にこれだけのお店が、とまずは驚いたのだった。七日町の時は小さな店だった、という記憶が殊更そう思わせたのであろう。

カウンターに、先客が三、四人。常連らしく、親方との会話が楽しい。いい雰囲気だ。これが寿司屋だ、という趣き。酒がすすむ。親方も好きなようだ。神津島生まれという、きっぷのいいおかみさんが見事に親方をひきたてる。酒がますます美味しくなる。親方との徳利のやりとりが激しくなる。初めての店でこんなに飲んだのはそれこそ初めてではなかろうか。

困った。いい店(寿司店)がまた一軒できちゃった。

 

山形三吉(放送作家)

 


和可奈寿し
山形市西田4-10-10
電話:023(643)6100

【営業時間】
午前11時00分~午後11時00分

【定休日】
不定休

カテゴリ:寿司 | 情報更新日:2012/12/27

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